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長谷川町子姉との確執とは何?性格や姉妹の経歴プロフィールまとめ

Machiko Hasegawa and her sister feud

長谷川町子さんには、姉や妹がいますが、どうやら確執があったようです。

それぞれに個性的な性格だったと言われている姉と妹は、どんな経歴を持つのでしょうか?

今回の記事では、長谷川町子さんと姉や妹の間での確執、姉や妹の性格や経歴についてまとめていきたいと思います。

長谷川町子と姉との確執

長谷川町子さんは3人姉妹の次女であり、上には、3歳年上の姉・毬子さんがいます。

毬子さんは、長谷川町子さん原作のNHK朝ドラ『マー姉ちゃん』のヒロイン、磯野マリ子のモデルにもなっていますね。

毬子さんはご主人を亡くした後は、妹の町子さんの漫画家としての活動を支え続けました。

『サザエさん』を出版するために、2人で姉妹社の設立をしています。

長谷川町子さんは、博多弁が抜けなかったこともあり、人づきあいや公の舞台への出席が苦手だったのですが、毬子さんは、妹の代わりに仕事の依頼を受けたり、作品の管理をしたりしていました。

長谷川町子さんの没後は長谷川町子美術館の二代目館長に就任しています。

生涯独身だった長谷川町子さんと、わずか一週間の結婚生活で未亡人となってしまった毬子さんは、長い間二人暮らしをしてきました。

長谷川町子さんの人生には、毬子さんの力強いサポートがあったことは疑いようがないことで、2人は強い絆で結ばれていたようですね。

確執とは無縁の印象です。

長谷川町子の性格と妹

長谷川町子さんには、5歳年下の妹である洋子さんがいました。
 
洋子さんの娘で、文筆家の長谷川たかこさんは、長谷川家の女性たちはみな男勝りで気が強く、自己主張が激しいと言っています。

長谷川家の女性は、みなさん芸術家として成功されていますし、家庭に男性がいないこともあり、なめられたくないという思いが強かったのでしょうね。

かつて、世田谷にある長谷川家には、お母さんと未亡人になった姉の毬子さん、生涯独身だった町子さんが暮らしており、洋子さん一家は、長谷川家の敷地の離れに暮らしていました。

しかし、洋子さんの夫が病死した後は、洋子さんも娘さんたちとともに、町子さんたちとともに生活するようになります。

時は流れ、新居の建築のタイミングで、洋子さんは長谷川家を離れることを決意。

60年近く暮らした長谷川家から出ていく洋子さんのことが、毬子さんと町子さんは許せなかったようです。

この一件で、洋子さんと2人の姉は絶縁状態になりました。

毬子さんは洋子さんからの手紙を封を開けずに送り返していたというくらいで、町子さんの死去の際にも、毬子さんは近親者に「洋子に知らせてはならない」と言っていたそうですから、相当な確執ですね。

妹洋子さん一家は、長谷川町子さんの莫大な遺産相続の権利を放棄しています。

長谷川町子さんと洋子さんの確執というよりは、毬子さんと洋子さんの確執に町子さんは巻き込まれていたという印象ですね。

長谷川町子の姉毬子経歴とプロフィール

長谷川町子さんの姉・毬子さんの経歴とプロフィールを紹介します。

長谷川町子さんの姉・毬子さんは94歳まで生きましたから、女性の平均寿命を大きく上回った長生きでした。

名 前  長谷川 毬子(はせがわまりこ)
生 誕  1917年(大正6年)8月8日
死 没  2012年1月29日(94歳没)
出身地  佐賀県小城郡東多久村(現・多久市)
出身校  筑紫女学園
職 業  挿絵画家 実業家
活動期間 1938年 - 2012年

長谷川毬子さんは、画家でイラストレーターなのですが、元姉妹社社長で、2代目長谷川町子美術館館長を務めた実業家でもあります。

上京したばかりの毬子さんは油絵が得意だったので洋画家の藤島武二に弟子入りをしました。

作品は、すぐに菊池寛の目にとまり、挿絵画家として活動するようになります。

ご主人は、朝日新聞社記者の東学さんだったのですが、わずか1週間の結婚生活で夫は出征し、インパール作戦で戦死してしまいました。

その後、毬子さんは生涯独身を貫き通しています。

戦後は、画家の仕事を辞め、長谷川町子さんの漫画家活動を支えることに専念。

長谷川町子さんと共に姉妹社を創業し、『サザエさん』を大ヒット漫画へと育てました。

1985年には、長谷川美術館を開館し、町子さんが初代館長を務めましたが、町子さんの死後は、美術館の二代目館長に就任。

94歳で亡くなるまで、任務に務めました。

長谷川町子の妹洋子経歴とプロフィール

長谷川町子さんの妹・洋子さんの経歴とプロフィールを紹介します。

長谷川町子さんの妹・洋子さんは、2022年2月現在、逝去したという情報もないのでご存命のようですね。

名 前  長谷川 洋子
生 誕  1925年(大正14年)
生誕地  福岡県
職 業  実業家
団 体  彩古書房
肩書き  彩古書房創業者
配偶者  鹿島 隆
子 供  長女:長谷川 隆子(文筆家・長谷川 たかこ名義で活動中。)
     次女:長谷川 彩子
     孫:カミーユ=彩瑛・長谷川・ロワイエ(イラストレーター)

8歳の時に家族とともに上京し、東京女子大学国文科に進学しています。

しかし、大学時代に菊池寛に弟子入りし、菊池の勧めで大学を中退、無試験で文藝春秋に入社しています。

お姉さんたちが設立した姉妹社の『サザエさん』の出版業務に携わっていましたが、1985年には彩古書房を設立し、児童心理学の本を数多く出版しました。

また、お姉さんたちと長年同じ家に住んでいましたが、新居を建てた契機に家を出たために、晩年は絶縁状態に陥ってしまいました。

長谷川町子姉との確執とは何?性格や姉妹の経歴プロフィールまとめ

今回は、長谷川町子さんと姉妹の確執、姉妹の性格や経歴、プロフィールについてまとめました。

長谷川町子さんは、姉の毬子さんとの関係は良好で、生涯支え合って生きてきたようですね。

しかし、妹の洋子さんとは晩年は絶縁状態となり、確執がありました。

姉妹の距離が近すぎたゆえの不和であり、なんだか寂しいですね。

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